<直近2週間の動き>

【シンガポール会計企業規制庁(ACRA)】10月2日、監査実務ガイダンス第1号「AIの責任ある利用」を発行していたことが分かりました。全10頁です。監査調書に何を書くべきかという一点で、これまでのどの当局文書よりも踏み込んでいます。
「AIの利用が、監査がどのように実施され結論がどのように導かれたかを曖昧にしてはならない。監査調書は、AIが支援した出力がどのようにレビューされたか、職業的専門家としての判断がどのように適用されたか、結論が十分かつ適切な監査証拠によってどのように裏付けられたかを示すべきである」。
さらに「適切な場合には、監査調書に、用いたプロンプト、採用した主要な前提、人によるレビュー後に行った重要な修正、AI生成の推奨を受け入れ、または棄却した理由を含めてもよい」とし、「監査事務所は、AI支援による監査業務の文書化・レビュー・監督を規律する明確な方針を定めるべきである」と続けます。
判断を伴う業務と定型業務の分け方も具体的です。リスク評価や調書作成のような判断を伴う分析については、AIの出力を原資料と照合して検証し、結果の合理性を評価すべきとする。文書からの情報抽出や会計記録と裏付資料の突合のような定型業務については、出力の網羅性と正確性を検討すべきとする。
AIの文書化を当局が「すべきである」と書いた例は、筆者が確認した範囲では、これが2つ目です。1つ目は英国FRCで、2025年6月に「AIを使うツールについて、事務所が中央で、また監査ファイル上で、何を文書化すべきかについてのFRCの期待を明確にする」とした指針を出しています。ただしFRCが扱ったのは主にAIツールそのもの(どう開発し、どう統制し、どう説明できるようにしたか)の記録で、ACRAは「AIの出力をどうレビューし、人の判断をどう適用したか」という監査調書の中身に踏み込んでいます。ここまで降りたのはACRAが初めてです。
ただし留保が2つあります。どちらも強制力のない実務ガイダンスで、ACRAの文書には導入部に「ここに挙げた検討事項は網羅的ではない」とあります。そして、プロンプトや主要な前提といった具体項目は「含めてもよい」という例示にとどまります。要求にはなっていません。

 

 

【IAASB】10月21日に、AIの非権威的ガイド「Guide 1, Common Conceptual Foundation」の更新版ドラフトが掲載されました。9月版の19頁1文書が、Introduction(4頁)とGuide 1(23頁)の2つに分割されています。
起きたことを正確に書きます。9月版には打ち消しの文が3本ありました。「AIツール固有の文書化要求は設けない」「本シリーズは特定の文書化の形式を示唆も指定もしない」「AI対応技術ツールの品質管理について単一のアプローチを示唆も指定もしない」。このうち文書化に関する前の2本が削除され、3本目は削除されずにIntroductionの第13項へ移りました(「AI活用技術ツールが使われるときの品質管理について、単一のアプローチを示唆も指定もしない」と文言が一部変わっています)。つまり消えたのは「文書化の打ち消し」の2本です。
代わりに入ったのは2つ。Guide 1の第12項に「ISQM 1の、そして財務諸表監査についてはISA 230の文書化要求は、業務文書がどのように作成されたかにかかわらず適用される」という肯定形の確認。そして第55項の末尾に「Guide 2 は、AI活用技術ツールに関する事務所レベルの文書化に何が含まれうるかを例示する」という予告。要求化したわけではありません。ただ、文書化について「決めない」と言い切るのをやめた。実質の判断は、12月承認予定のGuide 2に持ち越されています。
そして10月28日、このGuide 1の承認を諮る会合が開かれました。ところが10月30日時点で、承認されたかどうかを示す公表物が出ていません。会合ページに10月28日以降の資料はなく、議事要旨も録音もありません。公表の手順は文書に明記されており、承認されればデザインを整えたうえでウェブに公表し、プレスリリースを伴うとされています。そのプレスリリースが出ていない。つまり公表版はまだ出ていない、というところまでが確定している事実です。
あわせて、Guide 2 が「shadow AI」(事務所の承認チャネル外でのAI利用)も扱うことが合意されました。Guide 2 の守備範囲が1つ広がりました。

 

 

【AICPA】10月26日に草案ページ、10月28日にニュースリリースが出て、SOC 2の判断規準の2027年版の公開草案が示されました。新しく入るAI関連の着眼点は「AIガバナンス」「モデルのモニタリング」「プロンプトの操作」「データの汚染」「AI生成アウトプットの透明性」「学習データの管理」「自動化された意思決定に伴うリスク」の7つです。意見募集の期限は2027年1月15日、適用は2027年12月31日以後に開始するエンゲージメントからで、早期適用もできます。
10月19日には、AICPAとAIUCがSOC 2にAIUC-1を組み合わせた共同のAI保証を始めると公表していました。こちらは別建ての認証です。この2週間で、AIを保証の対象にする動きが二正面になりました。別建ての認証を作る道と、既存の基準本体にAIを織り込む道です。

 

 

【日本公認会計士協会】10月21日、「倫理宣言」の更新版を公表し、本文にAIを明記しました。《客観性》の第2項に「私は、バイアス、利益相反又は個人・組織から不当な影響を受けることなく、また、AI を含むテクノロジーに過度に依存することなく、自らの責任において客観的に職業的専門家としての判断又は業務上の判断を行います」とあります。日本の自主規制文書でAIが倫理規範の本文に書かれた最初の例です。ただしこれは人の判断責任を積極的に肯定するもので、人が見なくてよい範囲を定めるものではありません。10月30日までに、これ以降の新しい発信はありません。

 

 

【金融庁】10月23日、企業会計審議会 監査部会の第57回議事録を公表しました(会議は10月2日)。AI・人工知能・テクノロジー・自動化への言及はありません。10月29日にはサステナビリティ情報保証部会の第3回が開かれ、保証業務・品質管理・倫理独立性の各基準を金融庁が策定する意見書案が示されました。当面の保証範囲はScope 1・2のGHG排出量、ガバナンス、リスク管理に限り、水準は限定的保証、策定目標は2027年3月末です。この資料にもAI・IT・技術の語は1件もありません。新しい保証制度を設計する場面でも、AIの規律は入っていません。

なお、10月16日に公表された監査基準改訂の公開草案の意見募集は、期限が令和8年11月16日17時です。草案本文にAIの語はありません。

 

 

【PCAOB】10月23日、基準・新興論点諮問グループの会合(10月30日開催)を告知しました。議題は基準設定の最新状況、概念フレームワーク、不正、検査の近代化などで、AIのセッションは1つもありません。9月30日に調査アジェンダを改訂してデータ・テクノロジーを恒常的な項目に置いたにもかかわらず、助言機関の議題には上がっていません。「AIの利用」に関するスタッフガイダンスは、この2週間も発行されていません。

 

 

【英国FRC】10月26日から29日に4件を公表しました。法令違反に関するリスク評価の基準改訂(発効は2027年12月15日以後開始の期間)、中小企業向けのFRS 102討議フォーラム、処分、年金関連の基準の意見募集です。いずれもAIへの言及はありません。

 

 

【その他】IAASBは10月26日に、ISA 330・500・520の公開草案についての特別号ニュースレターを配信しました。技術については、技術固有ではなく原則主義で臨むとしています。コメント期限は12月15日です。10月28日の会合では、棚卸資産に関するISA 501の改訂案の抜粋も審議されましたが、本文にAI・技術・自動化の語は1件もありません。公認会計士・監査審査会、経済産業省、日本ディープラーニング協会には、この2週間、AI・会計・監査に関する新しい発表がありませんでした。

 

 

<あなたが明日からできること>

 

【バックオフィスはこう変わる】
「AIを使ったことを、どこまで記録に残すか」が、当局の文書に書かれ始めました。まだ2か国の、しかも強制力のないガイダンスですが、中身は具体的です。AIの出力をどうレビューしたか、人の判断をどう適用したか、結論を何で裏づけたか。この3つを調書に示せ、と言っています。使ったプロンプト、採用した前提、人が直した箇所、AIの提案を採らなかった理由まで、含めてよい項目として挙げています。これは監査人だけの話ではありません。監査を受ける側の資料にも、同じことが求められるようになります。

 

 

【バックオフィスが押さえるべきポイント】
国際基準の側はまだ沈黙しています。IAASBは「AI固有の文書化要求は作らない」という打ち消し文を削っただけで、新しい要求は作っていません。決着は12月承認予定の次のガイドに持ち越されました。つまりいまは、ルールが固まる前の最後の期間です。先に自分の型を決めておけば、ルールが来たときに合わせるだけで済みます。後から作ると、既存の運用を全部やり直すことになります。

 

 

【今日からの5分トライ】
自社の決算資料のうち、AIを使って作ったものを1つ思い出してください。そして「どの部分をAIが作り、誰がどこを確認したか」が、いまどこかに書かれているかを確認してください。5分で終わります。書かれていなければ、次の1件から、ファイル名の横にメモを1行足すところから始めてください。

 

 

【中長期でこうついていく道筋】
監査調書に残すべき4点として挙げられているのは、使ったプロンプト、採用した主要な前提、人のレビュー後に行った重要な修正、AIの提案を受け入れた、または棄却した理由です。自社の決算業務に置き換えると、「どの指示でAIに作らせたか」「何を前提に置いたか」「人が何を直したか」「AIの案を採らなかったのはなぜか」の4つになります。この4つを書く欄を、月次の決算チェックリストに足してください。来年、監査人から聞かれる可能性がいちばん高いのはここです。そして閾値をアサーションに紐づけて文書化するという話は、どの当局もまだ書いていません。この空白は、しばらく残ります。

 

 

<出典>
出典:[ACRA 監査実務ガイダンス第1号(2026年10月2日)]
https://www.acra.gov.sg/news-events/news-announcements/audit-practice-guidance-no-1-of-2026-using-artificial-intelligence-responsibly/
出典:[IAASB ミッドクォーター会合ページ(2026年10月28日)]
https://www.iaasb.org/meetings/iaasb-mid-quarter-board-call-0
出典:[IAASB Latest On Our Projects]
https://www.iaasb.org/iaasb-consultations/latest-our-projects
出典:[IAASB 特別号eNews(2026年10月26日)]
https://www.iaasb.org/news-events/2026-10/special-edition-enews-proposed-revisions-isa-330-isa-500-and-isa-520
出典:[AICPA SOC 2 判断規準改訂案(2026年10月28日)]
https://www.aicpa-cima.com/news/article/aicpa-proposes-update-of-soc-2-r-trust-services-criteria-to-enhance-the-relevance-usability-and-value-of-cpas-reports
出典:[AICPA × AIUC(2026年10月19日)]
https://www.aicpa-cima.com/news/article/auditors-meet-urgent-demand-for-ai-assurance-with-new-offering-from-aicpa-and-aiuc
出典:[日本公認会計士協会 倫理宣言(2026年10月21日)]
https://jicpa.or.jp/specialized_field/20261021azp.html
出典:[英国FRC AI in audit: Illustrative example and documentation guidance(2025年6月26日)]
https://www.frc.org.uk/library/standards-codes-policy/audit-assurance-and-ethics/guidance/ai-in-audit/
出典:[金融庁 監査基準の改訂について(公開草案)(2026年10月16日)]
https://www.fsa.go.jp/news/r8/sonota/20261016-2/20261016.html
出典:[金融庁 企業会計審議会 監査部会 第57回 議事録(掲載2026年10月23日)]
https://www.fsa.go.jp/singi/singi_kigyou/gijiroku/kansa/20261023.html
出典:[金融庁 サステナビリティ情報保証部会 第3回(2026年10月29日)]
https://www.fsa.go.jp/singi/singi_kigyou/siryou/hoshou/20261029.html
出典:[PCAOB 基準・新興論点諮問グループ会合の告知(2026年10月23日)]
https://pcaobus.org/news-events/news-releases/news-release-detail/pcaob-standards-and-emerging-issues-advisory-group-to-meet-on-october-30
出典:[英国FRC ニュース]
https://www.frc.org.uk/news-and-events/news/

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