10月17日に、PwCの米国法人が2026年末の監査で使う8つのAIツールを名前つきで公表した件を取り上げました。そこで私が気になったのは、AIを監査の工程表のほぼすべてに差し込みながら、人のレビューについては「すべての判断、結論、サインオフは当法人の専門家に残ります」と書かれているだけで、人がどこを・どの深さで見るのかが書かれていなかったことでした。

 

その4日後の10月21日、日本の監査法人から、ちょうどその部分に一歩踏み込んだ発表が出ました。準大手の仰星監査法人が、AI開発の株式会社Sapeetと共同で、監査支援AIの第二弾「査閲AI」を開発したというものです(発表はSapeet)。
査閲とは、監査人が作った監査調書(どんな手続をして、どう判断したかの記録)を、上位者が読んで確かめる工程です。監査の品質を最後に支える工程で、ベテランの経験がもっとも効くところでもあります。そこにAIを入れた、という発表です。
海外の大手が自社のネットワークでAIを作り込んでいるのに対して、日本の監査法人が国内のAI開発会社と組んで、自前の判断軸を載せたAIを作っている。この点でも、日本の監査とAIを考えるうえで押さえておきたい事例だと考えています。今回は、何が作られ、何が新しく、何がまだ書かれていないのかを、公認会計士の目で整理してみます。

 

1.仰星監査法人とSapeetが作ってきた2つのAI
両社の取り組みは、今回が2つ目です。公表されている内容を並べます。
・第一弾「分析AI」(2025年)  監査計画の段階で、会社や業界の情報を集め、固有リスク(その会社の数字が誤りやすい要因)の候補を洗い出す。AWSの公式ブログでは、この調査作業の時間を87%削減したと紹介されています(数字は公表値。削減前後の時間は書かれていません)。最終的な監査リスクの判断は人が行う、と役割を分けています。
・第二弾「査閲AI」(2026年10月発表)  監査人が作った監査調書をAIが読み込み、不足や修正が必要な箇所を指摘する。2026年9月から、実際の監査調書を使った試行利用が始まっています。
・これから  会計論点の検討を支援する「対話AI」、財務数値などの時系列データを読み解く「解釈AI」を開発し、会計基準・実務指針・仰星監査法人の判断ノウハウを集めた「監査ナレッジDB」と連携させる計画です。
つまり、すでに動いているのは「分析」と「査閲」の2つで、残りはこれからです。監査の流れで言えば、「AIが分析し、人が調書を作り、AIが査閲し、人が確定する」という形を描き、その両端のAIから作っている、と読めます。

 

2.いちばん大事なのは、「何を見るか」を人が先に言葉にしたことです
発表の中で、私が一番重いと見ているのはこの一文です。
「仰星監査法人が監査基準や実務知見をもとに、監査調書を査閲する際に確認すべきリスクの重み(監査コンテキスト)や判断軸を整理しました」
AIにチェックをさせる仕組みは、チェックの観点がなければ機能しません。観点がないままAIに調書を読ませると、指摘が多すぎて人が読み切れないか、当たり障りのない指摘しか出てこないかのどちらかになります。仰星監査法人は、ベテランの査閲者が頭の中で持っている「どこを重く見るか」「何を判断の軸にするか」を、先に言葉にしてからAIに渡しています。
そのうえで、AIの役割と人の役割を次のように書き分けています。
「AIは不足している情報や修正が必要な箇所について、指摘の根拠や引用元、改善すべき具体的なアクションを提示します。」
「AIが最終的な査閲判断を行うのではなく、提示された内容を作成者・査閲者が確認したうえで最終判断を行う設計としています。」
観点を決めるのは人、指摘するのはAI(しかも根拠と引用元つき)、確定するのは人。さらに、指摘が多すぎて大事なものが埋もれないよう、指摘の優先順位や出し方の粒度も調整しているとしています。前回のPwCの発表が「人が承認する」という宣言で止まっていたのに対して、こちらは「AIに何を見させているか」と「人が何を受け取って判断するか」の間の設計が、少なくとも言葉になっています。
もう一つ、指摘を受けた監査人が自分で考えて調書を直す過程そのものが、人材育成にもなる、と書かれている点も見逃せません。AIを入れると若手が考えなくなる、という心配に対して、指摘の出し方で答えようとしているわけです。

 

3.それでも、まだ書かれていないこと
一方で、今回の発表にも書かれていないことがあります。
・査閲AIで、査閲の時間がどれだけ減ったか(第一弾のような数字はまだ出ていません)
・AIの指摘がどの程度当たっているか、外れや見落としをどう測っているか
・AIが確認した部分のうち、査閲者が読まなくてよくなった部分はあるのか、あるならその根拠は何か
試行が始まって間もないので、数字がないのは自然です。ただ、最後の点は、監査の世界ではいずれ必ず問われます。人が全部を読み続けるなら、AIは「読む前の下ごしらえ」にとどまり、工数は大きくは減りません。どこかで「ここは人が読まなくてよい」と線を引くことになり、その線を、監査の品質管理の中でどう説明するかが次の論点になると考えています。
内部統制の言葉で言えば、「上長が承認している」だけでは統制として評価できず、何を・どの範囲で・どの深さで見ているかが文書になって初めて評価できる、という話と同じ構造です。今回の発表は、その「何を見るか」の部分を先に作った、という位置づけだと私は読んでいます。

 

4.この形は、監査を受ける会社の側にもそのまま当てはまります
私が今回の発表で一番面白いと感じたのは、この「AIが分析し、人が作り、AIがチェックし、人が確定する。判断は全部ナレッジとして溜める」という形が、会社の経理財務の側にもほぼそのまま当てはまることです。
私は、ある上場会社で経理財務のAI化を進めています。いくつかの大きな業務から順にAIに寄せており、2027年3月までに経理財務まわりのほぼすべての業務でAI化が完了する予定です。その中で描いている決算まわりの全体の地図と、仰星監査法人の図を並べてみると、対応関係はほぼ一対一で取れました。
・分析AI  ⇔ 取引データの収集と、全体の増減分析
・調書作成(人) ⇔ 仕訳・連結調整・開示案を作る
・査閲AI  ⇔ 残高照合と、レビュー観点に沿ったAIチェック
・調書確定(人) ⇔ 経理部長・CFOが承認し、取締役会と監査法人に説明する
・監査ナレッジDB ⇔ 判断の勘所や、監査人とのやり取りを溜める仕組み
違いがあるとすれば、会社の側には、AIに何を任せて人が何を100%やるのかという線引きと、内部統制そのものがある、という点くらいです。
そして私の側でも、AIにレビューポイントやリスクポイントを出させ、プログラムで処理する部分とAIに読ませる部分を分け、人がすぐ目で確かめられる形にしています。それでも人のレビューは残り、工数の削減は5割前後で止まる感覚があります。仰星監査法人がこれから向き合うことになる「人が読まなくてよい部分をどう決めて、どう説明するか」は、会社の側でもまったく同じ課題です。
会社の側で「確定」したときに残した根拠が、そのまま監査の側の「分析」の入口になる。会社と監査の両方がこの形になれば、監査対応は今よりずっと軽くなる可能性があると考えています。

 

5.では、どうするか
監査を受ける会社の経理・財務の方を念頭に、いまからできることを挙げます。
(1)自社のレビューの観点を、言葉にしておく
上司や監査法人から過去に受けた指摘を並べ、「最初からこの観点で見ておけば防げたもの」を書き出します。これが、自社のAIに渡すレビュー観点の出発点になります。仰星監査法人が最初にやったのも、この作業です。
(2)AIの指摘には、根拠と元の資料をつける
AIにチェックさせるなら、「なぜそう指摘したか」と「どの資料のどこを見たか」を必ず出させます。根拠のない指摘は、確認の手間を増やすだけです。
(3)確定した判断の根拠を残す
人が確定するときに、何を見て、なぜそう判断したかを一行でも残しておきます。これが溜まると、次のAIのチェックの精度が上がり、監査人への説明にもそのまま使えます。
(4)監査人と、どこにAIを使っているかを早めに共有する
監査法人の側も、まさにいまAI化の途中にいます。会社側がどこにAIを使い、人が何を確かめているかを期末の前に共有しておくほうが、お互いの手戻りは少なくなる可能性が高いと考えています。
おわりに
海外の大手は、監査の工程にAIツールを名前つきで差し込み始めました。日本では、準大手の監査法人が国内のAI開発会社と組み、自分たちの判断軸を言葉にしてAIに渡すところから始めています。規模もやり方も違いますが、向かっている先は同じで、議論は「AIを使うかどうか」から「AIの出力を、人がどう確かめて、どう説明するか」に移っています。
明日できる確認を一つだけ挙げるなら、直近の決算で受けた指摘を5つ書き出し、そのうちいくつが「事前に観点として書いておけば防げたか」を数えてみてください。その数が、自社のAIに最初に渡せるレビュー観点の数です。

 

出典
株式会社Sapeet「Sapeetと仰星監査法人、監査支援AI第二弾「査閲AI」を共同開発」(PR TIMES、2026年10月21日)
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000128.000026498.html
株式会社Sapeet「Sapeetと仰星監査法人、監査業務支援AIエージェントを共同開発・導入」(PR TIMES、2025年11月13日)
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000082.000026498.html
Amazon Web Services ブログ「仰星監査法人様の AWS 生成 AI 活用事例」(2025年10月31日)
https://aws.amazon.com/jp/blogs/news/gyosei-audit-generative-ai-dify-87-percent-efficiency-gain
PwC US「How AI is transforming the end-to-end audit experience」(2026年10月13日)
https://pwc.com/us/en/about-us/newsroom/expanded-audit-ai-capabilities.html
ISAO国際公認会計士事務所 加藤 勲
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