会社でAIを導入するとき、よく選ばれるのは「全員に一斉に配る」やり方です。ライセンスを全社員分契約し、説明会を開き、マニュアルを配る。公平で、わかりやすく、取り残される人も出にくい。管理部門としては、いちばん説明しやすい進め方だと思います。

ところが、実際にはこのやり方でつまずく会社が少なくありません。配ったものの使われない。使っているのは一部の人だけ。半年たって利用状況を見ると、ほとんどの人が一度開いたきり、ということもあります。

今回は、ある会社がMicrosoft 365 Copilot(マイクロソフトのWordやExcel、Teamsなどに組み込まれたAIアシスタント)を全社に広げた事例を取り上げます。その会社は、全員に一斉に配るのではなく、手を挙げた人から始めました。その順番に、管理部門がAIを広げるときのヒントがあると考えています。

 

1.事例の概要

取り上げるのは、トヨタ・コニック・プロ株式会社の事例です。パソコンのレンタルを担当した横河レンタ・リース株式会社が自社のホームページで導入事例として公開しているほか、IT系のメディアでも取り上げられています。公開されている事例ですので、社名をそのまま出しています。

同社はトヨタのブランディングと新規ビジネス開発を担う会社で、2025年4月にCopilotを全社に導入し、2025年8月からはAI PCを約800台使い始めています。

ここで、AI PCについて一言だけ補足しておきます。AI PCとは、普通のパソコンに入っているCPU(頭脳にあたる部品)やGPU(画像処理が得意な部品)に加えて、NPU(AIの計算だけを専門に受け持つ部品)を積んだパソコンのことです。ただし、Copilotそのものはクラウド(インターネットの向こう側のサーバー)で動いているので、AI PCでなくても使えます。同社がパソコンを替えた理由も、古いパソコンではCopilotやWeb会議の画面共有が重くなっていたこと、Windows 10のサポート終了が重なったことが中心でした。

ですので、今回注目したいのはパソコンの話ではありません。その前段にある、Copilotをどう社内に広げたか、の順番です。

 

2.広げた順番

公開されている記事から読み取れる流れを、時系列に並べます。

(1)2024年10月 有志を募って、役職者を含む約120人の「Copilotアンバサダー」を先に決める
社内の幅広い部署から有志を募りました。ここで大事なのは、手を挙げた一般の社員だけでなく、役職者も含めていることです。

(2)アンバサダー向けにトレーニングを重ねる
Excel、PowerPointといった、使う場面ごとに分けて学ぶ形をとっています。

(3)アンケートで効果を確かめる
アンバサダーから「業務改善につながった」「業務の質が向上した」という声が多く寄せられたことを確認しています。

(4)2025年4月 全社員に導入する
アンケートの結果を受けて、全社導入を決めています。先行導入から全社導入まで、およそ半年です。

(5)全社導入にあわせて、初心者向けのハンズオン講習を開く
受講希望者が殺到し、複数回に分けて実施したそうです。その後は、実際の業務に活かすための実践編へと段階を踏んでいく方針です。

同社のご担当者は、「導入して便利になってよかった、で終わっては意味がない。使いこなして業務に活かすことが本来の目的」という趣旨を語っています。

 

3.なぜこの順番が効くのか

この流れを見て、私が注目したのは3つの点です。

一つ目は、全社導入の前に「効果があった」という社内の声を集めていることです。全社に配るかどうかの判断材料が、ベンダーの資料ではなく、自社の社員の実感になっています。管理部門として予算を説明するとき、これほど強い根拠はありません。会計の言葉でいえば、投資の意思決定に、社内で検証した実績値を使っている状態です。

二つ目は、役職者を最初の120人に入れていることです。AIの導入でよく起きるのは、若手が使い始めても、上司が使っていないために「それ、AIで作ったの?」と一歩引かれてしまうことです。上の人が自分で使って効果を実感していれば、部下が使うことへの抵抗は小さくなります。手を挙げた人から始める、といっても、手を挙げた人だけで固めないことが、広がった理由の一つではないかと考えています。

三つ目は、全社導入のときに講習の希望が殺到していることです。先に使い始めた120人が、それぞれの部署で「便利だ」と話していたからこそ、残りの社員が「自分も使いたい」と思えたのではないでしょうか。アンバサダーは、講師である以上に、社内で使っているところを見せる役割を果たしていた可能性があります。

逆に、全員に一斉に配るやり方では、この「使いたいと思う順番」が作れません。全員が同じ日にスタートするので、隣の人がどう使っているかを見る機会がないまま、自分の業務でどう使うかを一人で考えることになります。多くの人がそこで止まります。

 

4.小さな会社や事務所に置き換えると

約800人の会社の話を、そのまま数人から数十人の会社や事務所に当てはめることはできません。ですが、順番の考え方はそのまま使えます。

・最初の担当は1〜2人で十分です。ただし、そのうち1人は経営者か、部門の責任者にします。
・試す業務は、失敗しても影響の小さいものから選びます。議事録の要約、規程の検索、メールの下書きなどです。
・1か月ほど試したら、「何分減ったか」「どこで人が確認したか」を書き出します。数字は概算で構いません。
・その結果を全員の前で共有してから、使う人を広げます。

私が以前支援した上場企業でも、経理財務の業務をAIに寄せて工数をおよそ半分に減らすまでの間、最初から全員で始めたわけではありませんでした。まず一部の業務と一部の担当者で型を作り、それを横に広げていきました。順番の考え方は、この事例とほとんど同じです。

 

5.管理部門が気をつけておきたいこと

手を挙げた人から始めるやり方には、管理部門として押さえておきたい点もあります。

(1)先行する人のアカウントは、最初から会社の管理下に置く
有志に任せるといっても、個人のアカウントで始めてもらっては意味がありません。会社が契約したAIを、会社のアカウントで使ってもらいます。ここを曖昧にすると、先行した人ほどシャドーAI(会社が把握していないAIの利用)になってしまいます。

(2)入れてよい情報の線を、先行導入の段階で決めておく
全社導入のときに決めればよい、と後回しにすると、先行した人たちの使い方がそのまま社内の標準になってしまいます。

(3)効果の記録を、あとで説明できる形で残す
「便利だった」という感想だけでなく、どの業務で、どれだけ、誰が確認したかを残しておくと、全社導入の稟議にも、監査法人への説明にも使えます。

 

おわりに

全員に一斉に配るやり方は、公平でわかりやすい反面、使いたいと思う順番を作れないという弱点があるとは言えそうです。

一方で、手を挙げた人から始めるやり方は、時間がかかるように見えます。ですが、今回の事例では、先行導入から全社導入まで半年ほどでした。遠回りに見えて、実は早い可能性があります。

明日できることを一つだけ挙げるなら、社内で「AIを業務で試してみたい人」を1人、そして「その人の上司」を1人、名前で思い浮かべてみてください。その2人が、最初のアンバサダーの候補です。

※本記事の内容は執筆時点の情報に基づいています。実際の導入にあたっては、最新の情報をご自身でご確認いただくか、社内のIT担当者、AIやセキュリティの専門家にご相談ください。

 

出典:
横河レンタ・リース株式会社「トヨタ・コニック・プロ株式会社さま 導入事例」(2026年2月作成)
https://www.yrl.com/casestudy/toyotaconiq-pro.html
キーマンズネット「トヨタ・コニック・プロ『AI PCが人を育てる』と言い切る理由 800台導入の狙い」(2026年3月)
https://kn.itmedia.co.jp/kn/articles/2603/23/news008.html

 

ISAO国際公認会計士事務所 加藤 勲
公認会計士として会計BPOをお引き受けしつつ、ISAO株式会社で管理部門のAI化をご支援しています。

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