ここ1年ほどで、「AI 経理BPO」という言葉を目にする機会が一気に増えました。BPOは、経理や給与計算などの業務を外部に任せる仕組みのことです。そこにAIを組み込み、「AIで処理して、人が確認する」形で、これまでより安く引き受ける。大手のソフト会社やIT企業が、相次いでこの形のサービスを打ち出しています。
経理の現場からすると、気になる動きです。自分たちの仕事がこのサービスに置き換わるのか。あるいは、外に出すならどこまで任せてよいのか。
そこで、代表的な4社のサービスを、各社の公表情報をもとに調べてみました。見えてきた共通点は1つです。どのサービスも、AIがやった結果を最後に誰が保証し、監査法人や証券会社にどう説明するのか、という役までは引き受けていません。
そしてもう1つ、見過ごせない事実があります。4社のうち1社は、2026年9月末でサービスを終了します。立ち上げからおよそ1年での撤退です。
今回は、この2つの事実から何が読み取れるのかを考えてみたいと思います。
1.4社を調べました
調べたのは次の4つです。数字はいずれも各社の公表値・見込み値です。
・マネーフォワード AI-BPO 記帳・振込・請求書発行・入金消込・給与計算などを、AIと専門スタッフで代行します。請求回収、リース契約管理、給与計算(2026年9月開始)と、対象を順に広げています。中小企業向けのサービスでは、決算申告は税理士法の関係で範囲外と明記し、税理士を別に紹介する形です。
・TOKIUM AI agentic BPO(2026年5月開始) 請求書の照合・承認、立替精算、源泉税率の計算、契約書の管理、月次決算プロセスなどが対象です。最初に業務の流れをAI前提で作り直し、そのあと正常なものはAIが処理し、例外だけを専任のオペレーターが見る2段構えです。先行導入企業では月2,000件超の請求書照合の99.4%をAIが処理し、コストは従来型BPOの1/2〜1/3になる見込みだとしています。
・IBM AI First BPO 経費精算のチェック、伝票処理、人事、間接購買などが対象です。ある大手メーカーの事例では、出張費や交通費の経費精算チェックの約9割をAIで自動化し、経理担当者の確認が必要なものだけを人が対応する形になっています。
・UPSIDER AI経理 記帳や請求書発行を、AIエージェントと人のチームで代行するサービスでした。2026年7月に、9月末でのサービス終了を発表しています。理由は、AI与信を中核とした金融事業に経営資源を集中させるため、とされています。
こうして並べると、各社の力の入れ方の違いより、共通点のほうが目に入ります。
2.どのサービスも、説明責任は引き受けていません
4社とも、対象にしているのは「手順が決まっている作業」です。請求書を照合する、経費精算の規程違反を見つける、仕訳を起こす、給与を計算する。AIがやるのは正常系の処理で、決め切れないものは人のオペレーターが見ます。
一方で、各社の公表情報を見る限り、次の3つについての記載は見当たりませんでした。
・AIの処理結果に誤りがあったとき、責任を誰が負うのか
・監査法人の監査に対して、処理の正しさをどう説明するのか
・上場準備や開示の場面で、証券会社や取締役会にどう説明するのか
マネーフォワードの中小企業向けサービスは、決算申告を範囲外と明記しています。これは税理士法の制約によるものですが、裏を返すと、AI BPOが引き受けているのは「決算と説明の手前まで」だということになります。
少し乱暴に言い換えると、いまAI BPOが取りにいっているのは、これまで契約社員や派遣の方にお願いしていた作業を、もっと安く、もっと速くやる領域だと考えられます。それ自体は十分に価値のあることです。ただ、経理部長やCFOが背負っている「最後に説明する責任」は、そこには含まれていない可能性が高いと思います。
AI BPOが代わりに負えるのは、作業までの可能性が高い。今回の調査で、私はそう受け止めました。
3.作業は、値段で比べられるものになっていきます
なぜ各社とも作業の領域に集まるのか。理由は単純で、作業はAIで置き換えやすいからです。手順が決まっていて、正解が決まっていて、件数が多い。AIがいちばん得意とする形です。
ただ、置き換えやすいということは、どこでも同じことができるということでもあります。会計の言葉でいえば、差がつきにくい領域です。しかも最近は、ChatGPTやClaudeのような汎用のAIでも、請求書の読み取りや仕訳の下書きは相当な精度でできるようになりました。専用のサービスを契約しなくても、社内で同じことができてしまう場面が増えています。
こうなると、作業の代行は値段で比べられるものになっていきます。TOKIUMの「従来型の1/2〜1/3」という見込みも、その方向を示しています。そして値段で比べられる領域は、利幅が薄くなりやすい。UPSIDERの撤退の理由は「経営資源の集中」と説明されていますが、作業代行だけで事業を続けることの難しさを示している面もあるのではないかと考えています。
4.当面、代わりがききにくいのは「説明責任を負う勘どころ」です
では、作業の値段が下がっていく中で、代わりがききにくいものは何か。私は、説明責任を負うための勘どころだと考えています。
監査法人や証券会社が最終的に聞いてくるのは、「この数字は正しいのか」ではなく、「なぜこの数字が正しいと言えるのか」です。AIが処理したのであれば、なおさらです。その問いに答えるには、少なくとも次の3つが要ります。
・どこをAIに確認させ、どこを人が確認したのか、という線引き
・その確認が実際に行われたことを示す記録
・それを、相手が納得できる言葉で説明すること
内部統制の言葉でいえば、「起きる前に止める仕組み」と「起きた後に見つける仕組み」をどう組み合わせるか、という話です。前者を予防的統制、後者を発見的統制と呼びます。AIが得意なのは、決められたルールでの突合やチェックです。一方で、どこにルールを置き、どこを人の目で拾うかを決めるのは、業務と監査の両方を知っている人の仕事です。
もう1つ、見落とされやすいものがあります。取引が起きる前の判断です。会社が新しい取引先と新しい形の取引を始めようとするとき、税務上どんなリスクがあるのか、先に手当てしておくべきことは何か、会計上どんな数字のインパクトが出るのか。これを取引の前に言えるかどうかは、処理を速くすることとは別の力です。AI BPOが扱っているのは、ほぼすべてが取引の後の処理です。
こうした勘どころは、当面はAIに置き換わりにくいと考えています。AIが出した結果を材料にして、誰かが責任者として判断し、説明する。その役が残る限り、そこを担える人の価値はむしろ上がる可能性があります。
中長期で見るなら、経理・財務に関わる方には、この能力を意識して伸ばしていくことをおすすめします。作業をどれだけ速くできるかではなく、どこをどう確かめて、どう説明するかを設計できるか、という能力です。
5.では、短期的にはどうするか
ここまで読むと、「作業はAIに任せて、自分は説明責任の側に回ればいい」と思われるかもしれません。ただ、短期的には少し事情が違うと考えています。
作業の自動化は、世の中全体で見れば、まだほとんど手がついていない領域です。大手のAI BPOが相手にしているのは、大企業か、ソフトとセットで売れる小規模企業が中心です。その間にいる中堅企業や上場準備企業の経理では、まだ手作業のまま回っている業務が大量に残っています。競合の少ない、開いた市場と言ってよい状態です。
しかも、先に書いた通り、この領域は汎用のAIでもかなりのところまでできます。外部のサービスに任せる前に、ご自身でAIを学び、自分の業務で試してみることをおすすめします。理由は2つあります。
1つ目は、単純にコストが下がることです。外に出すより、自分でAIを使うほうが安く済む場面が増えています。
2つ目のほうが大事です。自分で作業を自動化した経験がないと、説明責任を負うことができません。AIがどこで間違えやすいのか、どこなら任せてよいのか。それを肌で知っている人でなければ、予防と発見の線を引けないからです。作業を自分でAIに置き換えてみることは、中長期の能力を伸ばすための一番の近道でもあると考えています。
おわりに
AI BPOの広がりは、経理の仕事がなくなる話というより、仕事の中身が作業と説明責任に分かれていく話ではないかと考えています。そのうち作業の側は、どんどん安くなっていく。
繰り返しになりますが、AI BPOが代わりに負えるのは、作業までの可能性が高い。その先の、確かめて、説明して、責任を負う部分は、当面は人が担う必要があります。
まずは、自社の経理業務の中で「AIがやった結果を、最後に誰がどう説明するのか」が決まっているかを確認するところから始めてみてください。決まっていなければ、そこが次に手をつける場所です。
ISAO国際公認会計士事務所 加藤 勲
経理・財務のAI化の設計と、監査法人・取締役会への説明責任を負える形での運用づくりをご支援しています。
ISAOの管理部門のAI導入事例
AIは、こうした小さな「動かない」でつまずきます。ISAOは、その先——実際の業務に
AIを乗せて回すところまでを、お客様の管理部門と一緒に進めています。
月次決算の工数を50%以上削減|東証グロース上場企業A社
少人数の経理財務部門で、決算業務を1本ずつAI化。外注に頼らず社内で決算を完結
できる体制をつくりました。(Claude Cowork/Microsoft 365 Copilot)
全社でAIを使わない日がない状態へ|医薬品・上場準備企業
ツールを配って終わりにせず、顧問として伴走。安全に使える環境の整備から
リテラシー向上まで。G検定の合格率は100%。
収益認識の判定をAIエージェント化|創薬支援CRO
月100件を超える契約の収益認識判定を、監査証跡を保ったままAIがドラフト。
ドラフト・レビュー工数を75%以上削減しました。
「AI管理部長」を数年かけて共同研究|東証上場のIT企業
管理部門の業務をAIが担う仕組みを研究。汎用LLMで足りる部分と、自社で作り込む
べき部分の線引きを実務で検証しています。
