感想: 映画館での鑑賞。自然保護をテーマにした、いわゆる王道のファミリー映画。評価は3.5とした。

 

ストーリーは予測の範疇に収まっていた。自然と動物、そして人間との共生というテーマは、映画史において何度も繰り返されてきた普遍的な王道である。「次はこう展開するな」という読みが当たり続ける時間帯が中盤には続いた。

 

しかしディズニーはさすがだった。クライマックスに向けての引力の作り方が巧みで、終盤には気づけば画面に引き込まれていた。「予定調和」と分かっていても心を動かされてしまう。その技術こそが、長年かけて積み上げてきたディズニーの職人芸だろう。王道だからこそ、その王道をどこまで丁寧に仕上げるか。その「詰め」の部分で、確かな差を感じた。

 

AI時代への逆襲:「詰め」と「耳を傾ける力」は人間の専売特許か

 

本作を観ながら、二つのことを考えた。「AIでも作れそうか」という問いと、「AIが実現したら何が変わるか」という問いだ。

 

前者について言えば、王道映画の構造をAIが学習し、自動生成することは技術的に近づいている。しかし、終盤にこの映画が見せた「詰め」の巧みさは、クリエイターの情熱と試行錯誤の結晶だと感じた。私がAIを駆使して作れる映画があるとしても、その「最後の10%」を埋める情熱だけは、映画屋さんに叶わない。

 

後者について言えば、AIが動物の言語を解析できる未来は、あながち荒唐無稽でもない。「ほんやくコンニャク」の現代版が実現したとき、動物たちが人類に向けてきた感情が明らかになる。問題は、その声を人類が「聞けるか」ではなく、「聞こうとするか」だ。テクノロジーが翻訳してくれた言葉を受け止める姿勢——それは、AIではなく人間の側の問題である。まず私自身、身近な声に耳を傾けることから始めたい。