「AI PC」という言葉を、パソコンの売り場や広告で見かける機会が増えました。管理部門の方からすると、「パソコンの買い替えの話でしょう」「情報システム部門が考えることでは」と感じられるかもしれません。私も最初はそう受け止めていました。

ですが、デル・テクノロジーズが公表した調査の中に、管理部門として見過ごせない数字がありました。日本企業の部門別にAI PCの導入状況をアジア太平洋地域と比べたとき、いちばん遅れていたのが財務・会計部門で、その差はマイナス9.6ポイントでした。

この数字をどう読むか。その前に、そもそもAI PCとは何なのか、AIを使うのに本当に必要なのか、をはっきりさせておきたいと思います。ここを曖昧にしたままだと、「経理のパソコンを全部買い替えましょう」という、たぶん間違った結論に行き着いてしまうからです。

 

1.AI PCとは何か

普通のパソコンにも、CPU(パソコンの頭脳にあたる部品)と、GPU(画像や映像の処理が得意な部品)は入っています。AI PCは、これに加えて「NPU」という、AIの計算だけを専門に受け持つ部品を積んだパソコンのことです。調査会社IDCも、AI PCを「NPUを搭載したパソコン」と定義しています。

GPUが入っているかどうか、メモリが大きいかどうか、ではありません。AI専用の部品が別に載っているかどうか、が分かれ目です。

NPUがあると、パソコンの中でAIの処理を少ない電力でこなせます。たとえば、Web会議の背景ぼかしや雑音の除去、会議の字幕や翻訳、画像の加工といった処理を、パソコンの中だけで済ませられます。電池の持ちが良くなる、動作が軽くなる、データを外に送らずに処理できる、というのが売り文句です。

なお、メーカーがAI PCとして売っている製品は、あわせてメモリも多め(16GB以上など)に積んでいることが多いです。ただ、これはAI PCの定義ではなく、快適に動かすための組み合わせと考えておけばよいと思います。

 

2.AIを使うのに、AI PCは必須ではありません

ここが一番大事な点です。

いま経理の現場でよく使われているAI、たとえばChatGPT、Microsoft 365 Copilot、Claude、Geminiなどは、基本的にクラウド(インターネットの向こう側のサーバー)で動いています。質問を送ると、向こう側の大きなコンピューターが考えて、答えを返してくる仕組みです。

ですから、これらのAIは、今お使いのパソコンでもそのまま使えます。AI PCを入れなければAIが使えない、ということはありません。

では、AI PCに意味はないのかというと、そうとも言い切れません。古いパソコンだと、Web会議とAIを同時に開いただけで動作が重くなることがあります。これはNPUの有無というより、パソコンそのものの性能の問題です。いずれ買い替える時期が来たときに、AI PCを選んでおけば、パソコンの中で動くAIの機能も使えるようになる。その程度に考えておくのが、現時点では妥当ではないかと思います。

 

整理すると、次のようになります。

・クラウドで動くAI(ChatGPT、Copilot、Claudeなど)  今のパソコンで使えます
・パソコンの中で動くAIの機能(会議の雑音除去、字幕など)  AI PCのほうが快適です
・パソコンが古くて動作が重い問題  AI PCかどうかより、買い替えの時期の問題です

 

3.それでも、経理の遅れは気になります

このことを踏まえて、冒頭の数字に戻ります。

デル・テクノロジーズが公表した調査(IDCが2025年10月に実施、アジア太平洋地域の従業員500人以上の組織が対象)によると、AI PCをすでに導入している組織は、アジア太平洋地域で48%、日本で39%でした。そして日本を部門別に見ると、IT部門や研究開発はアジア太平洋地域より先に進んでいる一方、営業、調達、管理、戦略といった部門は遅れていて、最後尾が財務・会計のマイナス9.6ポイントでした。

この調査は、パソコンを売る側のデル・テクノロジーズとインテルがスポンサーです。数字は割り引いて読む必要があります。

それでも、この順番には意味があると私は考えています。先ほど申し上げたとおり、AI PCはAIを使うための必須条件ではありません。ですから、この数字は「経理のパソコンが古い」ことより、「経理・財務は、AIの活用そのものが他部門より遅れている」ことの一つの表れとして読むのが自然ではないでしょうか。調査自身も、IT部門以外での遅れを「企業全体にわたる包括的なAI変革戦略の不足」と説明しています。

なぜ経理が遅れやすいのか。会計の実務から見ると、理由はいくつか思い当たります。

一つ目は、扱う情報の機密性です。取引先、金額、給与、決算前の数字。「AIに入れてよいのか」の判断がつかないまま止まっているケースは多いと思われます。

二つ目は、正確性への要求です。経理の仕事は、一円のずれも説明を求められます。AIの出力が「だいたい合っている」では困る、という感覚は当然です。

三つ目は、説明責任です。監査法人や税務署、取締役会に対して、誰がどう判断したかを説明できなければなりません。AIを使った部分をどう説明するかが決まっていないと、使い始めること自体をためらいます。

どれも、経理として真っ当な慎重さです。ただ、その慎重さが「使わない」という結論に直結していると、差は開く一方になる可能性があります。

 

4.パソコンの買い替えは、使い方を決めるきっかけになります

AI PCそのものより、私が大事だと考えているのは、パソコンを替えるタイミングです。

パソコンを入れ替えるときは、使うソフト、アカウントの持ち方、データの置き場所を見直す自然な機会になります。「新しいパソコンでは、会社が契約したAIを、会社のアカウントで使う」と決めてしまえば、個人のアカウントで勝手にAIを使う、いわゆるシャドーAIを減らすきっかけにもなります。

パソコンを替えること自体に意味があるというより、替えるときに使い方のルールを一緒に決められることに意味がある。そう考えると、この話は情報システム部門だけのものではなく、管理部門が一緒に考えるべきものになってきます。

 

5.では、経理部門として何から始めるか

パソコンの買い替えより先に、次の順番で考えることをお勧めします。

(1)いま、経理部門で誰がどのAIを使っているかを把握する
禁止していても、実際には個人のアカウントで使われていることがあります。責める目的ではなく、把握する目的であることを伝えると、答えが集まりやすくなります。

(2)AIに入れてよい情報と、入れてはいけない情報を分ける
全部を禁止するのでも、全部を許可するのでもなく、線を引きます。公開済みの決算短信や法令の条文は入れてよい、未公表の数字や個人情報は会社が契約したAIに限る、といった分け方です。

(3)一つの業務で試し、結果を記録する
仕訳の摘要の整理、勘定科目の問い合わせ対応、規程の検索など、失敗しても影響が小さい業務から始めます。どれだけ時間が減ったか、どこで人が確認したかを残しておくと、監査法人や取締役会に説明するときの材料になります。

(4)次のパソコン更新の時期に、AIの使い方のルールを合わせる
AI PCにするかどうかは、その後で十分です。

どれも、大きな費用はかかりません。(1)と(2)は、社内の話し合いだけでできます。

 

おわりに

AI PCは、AIを使うための入場券ではありません。今のパソコンでも、クラウドのAIは使えます。

それでも、日本の財務・会計部門がアジア太平洋地域の中で最も遅れているという数字は、私が現場で感じている感覚とも大きくは外れていません。経理の慎重さは、本来は強みです。ただ、その慎重さが「使わない」ことだけに向かうと、リスクを減らしているつもりで、差を広げているだけになっている可能性があります。

明日できることを一つだけ挙げるなら、経理部門のメンバーに「仕事でAIを使ったことがあるか、使っているならどのサービスか」を聞いてみてください。パソコンを替えるかどうかより先に、そこから線の引き方が見えてくるはずです。

※本記事の内容は執筆時点の情報に基づいています。実際の導入にあたっては、最新の情報をご自身でご確認いただくか、社内のIT担当者、AIやセキュリティの専門家にご相談ください。

出典:デル・テクノロジーズ「デル・テクノロジーズ、アジア太平洋地域におけるエンタープライズのAI PCとワークステーション活用状況を発表」(2026年4月22日)
https://www.dell.com/ja-jp/blog/enterprise-adoption-of-ai-pc/
部門別の数字は、同調査のIDC InfoBrief「AI PC 導入の戦略的ケース」(2026年1月)によります。
https://wp.techtarget.itmedia.co.jp/contents/99728

 

ISAO国際公認会計士事務所 加藤 勲
公認会計士として会計BPOをお引き受けしつつ、ISAO株式会社で管理部門のAI化をご支援しています。

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