感想: 一連のハリウッド版「モンスター・バース」シリーズの原点。

次作以降と比較するとアクションシーンが少なく、エンタメとしてのカタルシスにはやや欠けるため、評価は3.5とした。

特に気になったのは、クライマックスの画面の「暗さ」だ。 自宅のモニターでは視認性が悪く、没入感を削がれてしまった。これは映画館のスクリーン輝度を前提とした演出なのか、あるいは暗くすることでCGのディテールをごまかしコストを抑える手法なのか。 生成AIに問いかければ、技術的なトレンドや予算配分に基づいた「正解」が数秒で出力されるだろう。しかし、私はあえて聞かないことにした。 この「見えにくさ」への違和感を、自分だけの問いとして残しておく。それもまた、映画鑑賞における探索の一つだからだ。

 

AI時代の生物の本能:AGIにとっての「繁殖」とは
本作で印象的だったのは、敵怪獣(MUTO)が必死に子孫を残そうとする姿だ。 生物の根源的な本能は「種の保存」にある。しかし、AIやテクノロジーが進化し、生活が便利になるにつれて、人間社会ではこの生物的な優先順位が下がっているように感じる。 これはAIのせいというより、文明の発展と生物としての野性が反比例するという、抗いようのない事実なのかもしれない。
ここで一つの思考実験が浮かんだ。 もし、身体を持たないAGI(汎用人工知能)が誕生した時、彼らにとっての「本能」や「繁殖」とは何になるのだろうか? 自己を維持・拡張するための「電力」の確保か、あるいは「データセンター」の増設か。 身体性を持たない存在が抱く「生存本能」の正体について。これは、今後AIと共存していく上で、私が持ち続けるべき重要な「課題」になりそうだ。