感想: 映画館での鑑賞。AI時代に示唆に富んだ作品で大人も楽しめる一作。昨年のドラえもんの映画と異なり最後まで睡魔に襲われなかったことから、評価は4.0とした。

 

「なぜ3月のこの時期に、劇中は夏休みなの?」というノスタルジーも相まって、未知なる海底世界への冒険は、以前『スター・ウォーズ』の銀河世界に対して抱いたような純粋なワクワク感を呼び起こしてくれた。

 

本作のもう一つの主役は、ドラえもんの「ひみつ道具」たちだ。21世紀の現在、以前のコラムのトピックスでも触れたように「ほんやくコンニャク」はAIの進化によって実現の入り口に立っているが、タケコプターやどこでもドアのような物理的な移動を伴うテクノロジーはまだまだ遠い未来の話だ。 しかし、テクノロジーの実現性以上に目を引くのは、その「ユーザビリティ」である。どんな高度な道具であっても、子どもが直感的に理解し、シンプルに使える。複雑化しがちな現代のAIツール開発において、この「子どもでもわかるシンプルさ」こそが、我々が目指すべき究極のインターフェース設計の示唆であると感じた。

 

AI時代への考察:人間の有限なメモリーと、テクノロジーの「善悪」
作中、超高性能な自動運転車(バギー)が、わざわざ写真を撮る人間の非効率さを皮肉る場面がある。それに対するしずかちゃんの返答が、実に示唆に富んでいた。 「人間はメモリーが少ないから、写真という形に残すのよ」

 

すべてを完璧に記録するデータベース(AI)とは違い、人間の記憶は有限であり、不完全だ。しかし、『スター・ウォーズ エピソード2』のレビューでも考察したように、人間は忘れることができるからこそ、思い出の「写真」を見て何度でも新鮮に心を動かすことができる。

 

効率やスペック(メモリー容量)では測れない、人間の人間たる所以がこのセリフに凝縮されていた。
そして物語は、「テクノロジー 対 テクノロジー」という結末を迎える。 我々は得てして、未知のテクノロジーやAIを「一元的に悪(あるいは脅威)」と捉えがちだ。しかし、人間に近い存在としてAIが創られる以上、人間と同じように「悪い奴」もいれば「いい奴」もいて当然なのだ。 テクノロジーはあくまで使う者、創る者の鏡である。この当たり前の事実に気づかされた今、まずは私自身の身近なところから、誠実で「良い管理部AI」を創り上げていこうと強く決意した。