感想:
箱根駅伝の「シン・山の神」こと黒田選手の快走にあやかり、久しぶりに再鑑賞した。 しかし、評価は3.0。以前見た時よりも厳しい評価とならざるを得なかった。
画面を埋め尽くす出演者の多さは「無駄」に映り、演技の質も全体的に粗さが目立つ。 何より痛感したのは、「時代の消費期限」だ。 公開当時は最新だったテクノロジーも、2026年の現在から見れば陳腐化は否めない。
当時の原子力問題や、SNSの過剰反応といった描写も、普遍的なテーマというよりは「当時の流行り」を切り取っただけのノイズに見え、共感どころか少し引いてしまった。 「日本再興」というお題目も、今見るととってつけたような空虚さを感じさせる。
これは、私の評価基準である「時間をかけてこそ証明される本質的な価値」の重要性を再確認させる結果となった。 真の名作は、3回以上観ても、時代が変わっても色褪せない。しかし本作は、残念ながらその「時間の試練」に耐えうる強度がなかったと言わざるを得ない。

 

 

AI時代への期待と危惧:完全アナログという「プランB」
映画ゴジラがその時代を映す鏡であるなら、これから到来する「AI社会のゴジラ」はどのような姿をしているのだろうか。 それをまた10年後、厳しい目で批判してみたいと思う。
そして、作中で破壊され続ける街を見ながら、ふとある危惧を抱いた。 我々は今、業務の効率化をAIに委ね、大規模データセンターに依存している。 もしゴジラのような災厄でデータセンターが破壊され、発電が止まったらどうなるか。
全てが停止する脆いシステムではなく、完全アナログになっても耐えうる「プランB」を用意しておくこと。 それこそが、テクノロジーに依存しきった来るべきAI時代に必要な、人間が担保すべき最後の「精神力」や「身体性」なのかもしれない。