―― 日税連が示した、現場で使えるルールづくりの方向性
## はじめに
「AIは『試すもの』から『業務で使うもの』へ変わりました」
これは、令和8年5月に開かれた税務システム連絡協議会の第33回定時総会で、日本税理士会連合会(日税連)のデジタル・システム委員会・坂井昭彦委員長が示した一文です。記念講演のタイトルは「税理士事務所のための AI・クラウド活用ガイドライン検討状況」。日税連が現在検討中のガイドライン案を、税務システムベンダー各社に向けて共有する内容でした。
この検討状況は、税理士業界だけの話にとどまりません。AIを業務で使う以上、どの業界でも「便利だけれど、何を入れていいのか分からない」「全面禁止では現場が回らない」というジレンマに直面します。日税連の検討は、その典型的な解の一つを示しており、企業の管理部門・AIベンダー・他士業にも参考になる構造を持っています。
本記事では、その検討の骨格を整理してご紹介します。
## 1. なぜ今、整理が必要なのか
国際的な流れを並べると、方向性がよく見えます。
2019年にOECDが「合意できるAIの考え方」を出し、2024年にEUがAI法でリスク分類を法制度化、2025年に日本のAI法(活用推進とリスク対応を両立)が成立、2026年は各国で実務整理が進む年と位置づけられています。
国別の色も明確です。EUは「強い法規制」、日本は「活用推進」、そして事業者向けの「実務の手引き」が整いつつある。**共通する方向性は「リスクに応じた使い方を決めて、安全に活用していく」**――これが世界の到達点です。
国内では、2026年3月に総務省が「AIのセキュリティ確保のための技術的対策に係るガイドライン」を公表。プロンプトインジェクション攻撃やDoS攻撃への備えを、AI開発者・提供者に求める内容です。さらに2026年4月7日には個人情報保護法の改正案が閣議決定されており、データ利活用の「緩和」と不適切な取扱いへの「強化」が同居しています。施行は2028年春頃の見込みです。
加えて、国税庁の次世代システム「KSK2」が2026年9月24日に運用開始予定。税務行政自体がデータ起点に切り替わるため、税理士事務所もベンダーもデジタル化が前提となります。
## 2. 税理士業界が直面する現実
ここからが面白いところです。日税連はまず「税理士事務所の現実」を率直に共有します。
「多くの事務所は、情報システム部門を持つ大企業のような対応はできません」
1〜10人規模が多く、IT専任者がいるとは限らない。入力・確認・顧客対応が同時進行で動く。所長判断で導入が決まる――。だから必要なのは「重い仕組み」ではなく、「誰でも迷わず守れる使い分け」だ、という前提に立ちます。
これは管理部門を持つ企業にとっても示唆的です。立派なルールを作っても、現場が回らなければ「隠れた利用」が広がるだけ。日税連はあえて「立派なルールより、現場で回るルールを」と明言しています。
## 3. AIのリスクを二つに分けて考える
ガイドライン案の核心は、AIのリスクを**「出力面」と「入力面」**に分けて整理したことです。
**出力面のリスク**は、ハルシネーション(もっともらしい誤り)。AIは「自信満々に嘘をつく」ことがあるため、対処の柱は「人による確認」です。AIの回答 → 人の確認(一次情報で裏取り)→ 判断・活用、という3ステップを徹底する。「事故は、AIが間違えた瞬間ではなく、人が確認をやめた瞬間に起きる」というのが、講演で繰り返された警句です。
**入力面のリスク**は、守秘義務・個人情報保護法に直結します。税理士法第38条(守秘義務)、第41条の2(使用人等への監督義務)、第54条(使用人等の秘密保持)の三条文が、AI利用の法的土台になります。対処の柱は「入れない/使い分ける」。便利だからこそ、入力前に立ち止まる文化が必要だという整理です。
## 4. 「区分A/区分B」というシンプルな線引き
日税連は、現場で迷わないために問いをひとつに絞りました。
**「顧客情報・個人情報・機密情報が入っているか?」**
含まれるなら**区分A**(決算書・顧問先メール・議事録・給与・契約書など)→ 企業版AIを契約して使う。
含まれないなら**区分B**(法令一般・公開情報の要約など)→ 無料版AIも活用可能。
区分Aで使うAIには、**「三つの鉄則」**が示されています。
1. **プラン選定**:企業版を契約する(無料・個人版はDPA締結ができないため不可)
2. **必須措置**:DPA(データ処理条項)の締結と、学習等不使用の設定
3. **管理運用**:事務所ルールの策定+職員教育
なお、クラウド会計のAI仕訳支援や給与計算のAIサジェスト、申告ソフト内のAIチェック機能といった「業務SaaSに組み込まれたAI」は、別レイヤーで整理されます。SaaS本体の利用規約・DPAで整理されているため、税理士は「その契約条件を確認して採用する」立場になります。
## 5. ベンダー各社に求められる「見える化」
講演の後半は、ベンダー各社へのメッセージに移ります。税理士事務所が安心して採用判断できるよう、ベンダー側に**5項目の見える化**を求める内容です。
学習利用 / 保存場所 / 契約・規約条件 / サポート体制 / 確認方法――この5つが明示されていれば、現場の迷いや疑念が減り、サービスへの信頼につながる。日税連は、ベンダーを「規制対象」ではなく「国民の情報主権を護るパートナー」として位置づけています。
## 6. 守るべきは「国民の情報主権」
「目的は、税理士を護ることではありません。護るべきは、顧客の機密情報・個人情報――すなわち国民の情報主権です」
これが講演の結論部分の中核メッセージです。税理士会・税理士事務所・ベンダー各社が同じ目線で、納税者の情報主権を護るパートナーとして歩む――そういう枠組みづくりとしてガイドライン案が位置づけられています。
## おわりに:他業界への示唆
日税連の検討は、士業界の話にとどまりません。
「リスクを出力面と入力面に分ける」「使う情報の機密度で利用ツールを使い分ける」「重すぎないルール+教育+管理運用の三本柱で回す」――この骨格は、企業の管理部門でAI利用ルールを整える際にも、そのまま応用できる構造です。AIベンダー側にとっては、「見える化5項目」が、業界顧客の信頼を獲得するチェックリストとして機能するでしょう。
完璧な体制を待つのではなく、回せる最小限から始める。日税連の言葉を借りれば、「立派なルール」より「現場で回るルール」を。これは、AI活用に取り組むすべての組織に共通する原則だと思います。
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**出典**:日本税理士会連合会 デジタル・システム委員会 委員長 坂井昭彦「税理士事務所のための AI・クラウド活用ガイドライン検討状況」(税務システム連絡協議会 第33回定時総会 記念講演、令和8年5月)
